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違いのわかる歴史教科書。

 日垣氏は家永氏の「検定不合格日本史」の記述を評して「無味乾燥な記述」としている、と評価している話について先日触れた。

 無味乾燥というけれど、教科書なんてまああんなもんだろ、という感想だったのだが、さすがにそれだけではどうかと思うので、同時期の教科書と比べたらどうなのか、比較してみることにした。

 「検定不合格日本史」の検定のころに対応する教科書はさすがにかなり古いために目にすることができなかったのだが、それに近い時期のものは調べることができたので、見比べてみることにしようと思う。なお「検定不合格日本史」は高校社会科の日本史のために書かれた教科書なのだが、当時は今で言う日本史AとBの区別がなかったので、これらの教科書は現在でいうところの「日本史B」にだいたい相当するものである。つまり原始時代からずっと歴史をたどっていき現代史に至る、いわゆる歴史教科書というと一番一般的にイメージされやすいあれである。

「検定不合格日本史」の場合

 さて、まず家永氏の文章から見ていくことにしよう。 日垣氏が引用している部分を「検定不合格日本史」から引用してみる。

 江戸時代の文芸の中で最も著しいのは小説の発達である。室町時代お伽草子がだんだん進歩し、元禄の前後に浮世草子と呼ばれる、現代世相を主題とする小説が流行した。井原西鶴がその第一人者で、鋭い観察力をもって現実を見つめ、町人の享楽生活や、利を求めるに敏な才覚、苦しいやりくりの生活などを軽妙な筆で巧みに写している。「好色一代女」や「日本永代蔵」「世間胸算用」などがその代表作である。

家永三郎「検定不合格日本史」p142~143)

 前回の話に補足すると、日垣氏の引用は意図的に固有名詞を羅列した所だけを抜き出して「無味乾燥な記述」としているふしがあるようにも思える。前後もあわせて抜き出せば、その印象は薄れる。まぁそれは個人の見方なのかもしれないが、とりあえず、前後も含めて少し長めに抜き出してみた。

 さて、この記述、どうだろうか。教科書的というか(教科書だけど)辞書的というか、ふんふん、そうなのね、という感じである。確かに無味乾燥といえばそうなのかもしれないが、無難で叩くところがない(なのになぜか日垣氏には叩かれている)とも言える。

実教出版「日本史」の場合

 次に、他の会社から出ている日本史教科書での同じ時期と内容についての記述を見てみよう。つまり元禄文化における小説についての記述である。
 まずは実教出版から1963年に出版されている「日本史」での記述。

文芸のうちでもっとも著しいのは小説の発達であった。江戸時代初期の庶民的な仮名草子についで、このころには世相を主題とする浮世草子が流行した。その中心作家は、大坂の商人井原西鶴で、町人の営利や享楽の生活を写実的に描きだし、「好色一代男」など、かずかずのすぐれた作品をのこした。1)

1) そのほか、「世間胸算用」「日本永代蔵」「好色五代女」などが名高い。

時野谷勝他「日本史」実教出版,1963, p143)

  「1)」以降の部分は注釈で、実際には枠外にかかれている。

 とりあえず言えることは、「検定不合格~」とさしてちがわない、というか言い方を変えればかなり記述が重複しているということである。確かに羅列する固有名詞を減らすために一部が欄外に移されているなどの違いがあるが、それは裏を返せば勉強の時見落としやすいということでもあるのでメリットのように見えてデメリットかもしれない。どっちがいいかは意見の分かれるところだろうが、ともあれ、これと比較して特に家永氏の文章がとりわけ無味乾燥というようには見えない。

山川出版社「詳説 日本史」の場合

 次に、山川出版社「詳説 日本史」の1959年版のものをみてみることにする。当時のことは分からないが、現在では受験用に使いやすい教科書として名高く、最大のシェアを占めている教科書である。

文芸では、17世紀はまだ京都・大坂を中心とした上方文学の隆盛期で、ことに松尾芭蕉井原西鶴近松門左衛門はその代表的な人物であった。室町時代連歌から出た俳諧は、(中略、俳諧について)西鶴芭蕉と同じ時代の人であるが、すぐれた小説を書いた。室町時代御伽草子の流れをうけた江戸初期の仮名草子は、教訓や道徳を主としたもので、真の小説とはいえなかったが、西鶴は現実生活をえがき、人間の本能や欲望をありのままに記述した。これが浮世草子(浮世草紙)とよばれる小説のはじめとなった。作品としては「好色一代男」などの好色物、「武道伝来記」のような武家物、「世間胸算用」「日本永代蔵」のような町人物などがある。 (宝月圭吾他「詳説 日本史」山川出版社,1959, p206~207)

 当時も受験生の御用達だったのだろうか、記述の分量は他の2冊に比べてもかなり多い。文字数が多い分、記述的な表現が増えているので、一読して流れを追いやすいかたちの文体になっている。しかし、出典のページ番号が他の2社に比べるとずいぶんと大きな番号になっていることからも伺えるように、その分テキスト全体の分量も多くなっている。どっちがいいかは使い方の問題だろう。

検定で何が変わった?(検定合格版三省堂「新日本史」の場合)


 参考までに、家永氏の手による教科書(三省堂「新日本史」)の文部省の修正をうけて出版されているバージョンのほうのもみてみよう。ただし、「検定不合格日本史」より少しあとの時代のもので、1966年のものとなっている。

 江戸時代の文芸の中で最も著しいのは小説の発達であって、元禄の前後には、浮世草子と呼ばれる、現代世相を主題とする小説が流行した。大坂の町人井原西鶴は、鋭い観察力をもって現実を見つめ、町人の享楽生活あるいは利を求めるに敏な才覚や、苦しいやりくりの生活などを軽妙な筆で写した傑作を多く残している。「好色一代男」「好色一代女」などの好色物、「日本永代蔵」「世間胸算用」などの町人物が代表作とされている。

家永三郎「新日本史」三省堂,1966 p139)

 日垣氏の主張を受け入れるなら、教科書検定仕事しろと言わざるをえないくらいあまり変化がない。「無味乾燥な記述」というのはほとんど変わってないんじゃないか? いくつかの表現が手直しされている以外はお伽草子との関連が削除されて、代表作が少し増えてジャンル分けが細分化された程度である。また、このあとに「検定不合格~」では特にふれられていなかったその後の浮世草子事情についての記述が少し小さいフォントで挟み込まれている。そんなくらいだ。

 見比べて思うことは、やっぱり教科書に書かなきゃならないことは誰が書こうが違いがないのではないか?ということである。あるいは日垣氏が例にあげたような部分は特に違いの出る部分ではなかった、というべきか。はっきりいうと、教科書検定についてうんぬんするのに無味乾燥な記述をやりだまにあげること自体、筋違いということなんであろう。共通して見える問題として提起できなくもないが(個人的には「読み物じゃないので、どうでもよい」と思う)、家永氏の教科書を名指しして「失敗作」とする根拠にはならないと思うのだが、どうだろう。

 なお途中から日垣氏あんまり関係なくなってしまいましたが、まあ私が教科書読み比べてみたかったというのもありますごめんなさい。