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あらこんなところにネタ元が。

少し前のエントリーで、「さらば二十世紀の迷著たち」の進歩的文化人批判についてのネタがずいぶんと「悪魔祓いの戦後史」とかぶっているという話を書いた。

 このネタに気付いた後、なんとなく「日垣隆 稲垣武」で検索をかけてみたところ、ひっかかった2chの日垣スレで興味深い記述を見つけた。ちなみに、2ch日垣スレはいっときかなりよく見に行っていたことがあるが、この当時は自分は出入りしていない。

544 名前: 無名草子さん 投稿日: 03/04/05 12:38
偽善系の「さらば二十世紀の迷著たち」北朝鮮マンセー文化人批判は
叩かれている奴らの人選といい、引用されている部分といい、
稲垣武「悪魔祓いの戦後史」のパクリ。
特に「38度線の北」批判は現物手に入れず孫引きしてる可能性大。
だいたい「ところで、寺尾五郎って誰だ。」って何だよ。
批判しておいてこの人誰ですかはねえだろ。
アンチョコ頼りってことを告白しているようなもんだ。


545 名前: 新垣里沙 投稿日: 03/04/05 23:33
>>544
>だいたい「ところで、寺尾五郎って誰だ。」って何だよ

道路公団民営化委員の川本裕子に対してもメルマガで
「あのひと誰、ないもしてないじゃん」みたいなことかましたけど

 

547 名前: 無名草子さん 投稿日: 03/04/06 01:17
>>545
「あんた誰よ?」みたいな皮肉だってこと?
だとしても、そこで言う意図がわからん。過去の人だし、普通の読者には
「さあ?当時北朝鮮せんにゅう記書ける地位にいたんだからそれなりの人だったんじゃないの?」
としか思いようがないから皮肉として成立しないと思うけど。


ところで、新垣里沙って誰だw


548 名前: 無名草子さん 投稿日: 03/04/07 12:26
>>544
そうそう、そうなんだよ。あれはパクリっぽい。


549 名前: 無名草子さん 投稿日: 03/04/07 14:24
偽善系あとがきより
”「人はなぜ『迷著』にだまされるのか」が仙頭寿顕さんの企画編集で
「本の話」に掲載されたときは二十枚の原稿(×四百字)だった。”

「さらば二十世紀の迷著たち」はこれに加筆したらしい。

「悪魔祓い」の戦後史あとがき
”資料集めその他に労を惜しまず、終始協力して頂き、単行本上梓にも努力していただいた
仙頭寿顕前編集次長に心からの謝意を申しあげる。”

結局、資料提供した文春の仙頭氏が有能だったということでした。
しかし、100冊も斬るのは大変だったというのは理解できるが、
同じ資料を使うならもっと別の部分を引用して違った切り口で攻めて欲しかった。


550 名前: 無名草子さん 投稿日: 03/04/07 19:25

田原総一朗について

>「週刊読書人」九九年四月二日号「田原総一朗の取材ノート」は、
>「週刊朝日」九九年四月二日号「田原総一朗のギロン堂!」を六二%圧縮
>しただけだ。氏は、どちらを舐めたのだろうか。(『敢闘言』文春文庫p197)

日垣氏は、自分なりの倫理観で、こうやって田原総一郎なんかを
批判してきたのかと思ったけども、最近の活動をみると、
結局、「そのおいしいポジションを俺によこせ!」って、ことだったわけね。

これって、要するに
五十歩百歩、
目くそ、鼻くそを笑う

あるいは、

偽善者が偽善者を笑う・・・。

日垣隆総合スレッド 3

 どうも、編集者が同じだったらしい。どっちも持っている本なのだが、これを見て改めてチェックするまでその点には気付かなかった。ま、あとがきだし(と言い訳する)。というか、正直稲垣武氏の本がエラいの、「よくここまで掘り起こしたもんだ」という執念にあると思っていたので、稲垣氏にはややがっかりである。その部分を抜くと、わりと「プンスカしている反共の人」でしかないし。

 ところで仙頭寿顕って誰だ(笑)ってことで、調べてみると、はてなキーワードにはこうある。っていうかはてなキーワードになるほど有名な人だったのか?

編集者、評論家。1959年高知県出身。中央大学法学部政治学科卒業後、松下政経塾、団体職員を経て文藝春秋入社、2004年『諸君!』編集長。里縞政彦、城島了(おうる)などの筆名で活動する。

仙頭寿顕とは - はてなキーワード

  けっこう若い人なのね(といってももう60近いが、稲垣氏の本が書かれたのが90年代前半なので)。そして、松下政経塾のサイトにも卒塾生として名前がある。略歴には「松下政経塾第3期生」とだけあり、それ以上の記述はない。

 2004年には、母校の中央大学の「Hakumonちゅうおう」 という広報誌に「古本屋で学んだ「戦後史」」という一文を寄せている。肩書は「諸君!」編集部統括次長とある。このなかで仙頭氏によって「悪魔ー」の編集をしたときの回想についても語られているのだが、

この本のために、何十年も前の雑誌論文や絶版本などをせっせと集めたのがもう十数年前のことだ。当時はインターネットの古本検索もなく、古本屋等をアトランダムに回るしかなかった。学生時代から古本屋通いは趣味だったから苦にもならず楽しい仕事だったが、刊行後も「北朝鮮拉致事件は原さんの件以外は根拠なし」と論じた大学教授がいたのには唖然としたものだ。そういう学者の粗雑な言論の責任をネチネチと追及する性癖は神保町界隈の古本屋散策から学んだといえようか。

随想おちこち「古本屋で学んだ「戦後史」」(Hakumonちゅうおう 2004 秋季特別号(中央大学)

 まあ私も似たようなメンタリティだからこんなブログをやっているわけなので、立ち位置や思想の違うところは違うところとして、気持ちは結構理解できるところがある。大学あたりでサークルの同級生などにいたら、けっこう仲良くしていたのかもしれない。それはそれとして、なるほどこのあたりがすべてのルーツということなのだろう。ちなみにはてなキーワードの著書一覧によると、この仙頭氏の著書の中には「日本に明日はない! 「左翼的気まぐれ」への挑戦」という本がある。1981年の刊行だ。タイトルだけで判断するのは危険だが、かなり「どういう人か」がうかがえるタイトルであるとも言える。

 また、この人は筆名による著書もけっこうあるようで、里縞政彦という筆名を使って1999年に書かれた「20世紀の嘘 書評で綴る新しい時代史」(自由者)という本もあるらしい。後者は日垣・稲垣-仙頭ラインについて考えるうえで関係がありそうな気もうかがわせるタイトルだ。そのうちに探してみたいところである。

 そのほか、個人ブログだったり2chのスレだったりするので、内容の妥当性についてなんともいえないし参考に掲げるにとどめておくけれど、いくつか以下のようなものが見つかった。

 なんでも「正論」の論文募集に応募していた過去もあった?とのこと。いちおう産経のリンクが張ってあったのだが、肝心のリンク先が404になっていて、それ以上の確認はとれなかった。

 ところで、この仙頭氏、上の個人ブログの中でもそんなことが言われているのだが、どうも末期「諸君!」のカラーを作った人として一部では認識されているらしい。廃刊したころにも、最末期は執筆者や語り口がいつになく変わってしまった、と語る文章を目にした記憶がある(ソース失念)。

 書評家の坪内祐三氏も、かつて「新潮45」にこんなことを書いていたことがある。少し長いのだが、引用してみたい。

今はなき「諸君!」で私は代表作(「1972」と「同時代も歴史である」)を連載し、30枚ぐらいの論考を何本も寄稿したけれど、私は「諸君!」の休刊を悲しんでいない。最後の何年か私は「諸君!」に1本も原稿を発表していない。同誌の中で私の居場所がなかったからだ。ある時期から「諸君!」は「正論」や「WiLL」と変らぬ雑誌になってしまったのだ(以前はもっと大人っぽかった、つまりふくらみがあったのに)。ある時期から、と書いたが、それはSという人が編集長になってからだ。もし私のかなりコアな読者がいたら、私が「三茶日記」(本の雑誌社)の122ページでこのSという人物について言及しているのを憶えているかもしれない。つまり、里縞政彦という人が「20世紀の嘘――書評で綴る新しい時代史」(自由社)で先に私が紹介した(谷沢さんや加地さんの愛読者である)朝日新聞のNさんが編集したムックの編集後記を取り上げて、いかにも朝日的な"機械主義的編集人"と批判していたのに対し、注の形で、「たぶんこの里縞という人は、別の名前で徳間書店から読書日記を刊行している人で、文春のSという編集者だと思う」と書いていたことを。

「文春的なものと朝日的なもの」、「新潮45」2014年12月号

 このSとは「仙頭」の頭文字Sなのだろう。CiNiiで坪内祐三氏が「諸君!」に寄稿していた記録をたどってみると、2009年6月号(休刊前の最終号)に「諸君!」の思い出話のような一文が寄せられている前は2004年までさかのぼるので、話とも一致する。さらにそれ以前になると、かなり頻繁に登場しているのだが(連載を持っていた、という関係もあるだろう)。この文章のつづきにはかつて「Sという人物」から著書を渡されたときの回想へとうつり、同じ右なのにずいぶん違うものだと思った、と評している。

 まあ、編集者はあくまで編集者であり、書き手ではない。日垣氏の文章は、あくまで日垣氏のものである。だから、こんな編集者に編集されたものなんて……なんていうつもりはない。

 ただ、それは一般論の話である。ここまで何回か見てきたように、「さらば二十世紀の迷著たち」の中のイデオロギー批判の部分は、こういう人物による「選書」を下敷きにして書かれた可能性が高いように思えるわけで……