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正義と悪魔はどこにいる?

 今回は家永氏の教科書での、原爆投下に関する記述についてみていきたい。

 原爆が第二次世界大戦野中でどういう意味合いを果たしたかというのは今でもたまに話題になることがある。特にアメリカ人が「あれのおかげで終戦にいたった」などと発言して批判のまとになる、というのはちょっと前にもあった。まあ、日本が中国や韓国に対してとる態度の場合もそうだが、デリケートな問題なわけである。そういう話題を家永氏はどう扱っていたのか、ということになる。なにしろ、日垣氏の筆によれば、「広島・長崎に原爆を落とし市民大量虐殺を図った側は正義で、落とされた側にのみ悪魔が宿っているらし」いというのだから、それはきっとひどく見るに堪えない書きぶりなのだろう、と思えるわけだが、さてどうなのか。

家永版「日本史」の場合

 しかし、いざ「検定不合格日本史」にあたってみると、実はこの教科書の中における原爆についての記述はそれほど長くない。それだけなら、それはそれで原爆を軽視している証左ではないかという見方もできるので、実際の文章を引用しながら考えてみよう。

これよりさき、1943年(昭和18年)イタリアが連合軍に降伏して、枢軸の一角がくずれた。1945年(昭和20年)5月、ついにドイツも崩壊し、ヨーロッパの戦争は終りを告げた。アメリカでは原子爆弾の発明が完成し、8月には最初の一弾が広島に、次いで第二弾が長崎に投下された。両市は瞬時にして壊滅し、何十万という市民が悲惨な死を遂げた。 (「検定不合格日本史」270p)

 これだけである。

 加えて、欄外では注釈がつけられている。「広島の人口は当時約40万であったが、その過半数の24万7千人が原子爆弾の犠牲となって死んだ。その後原子病が起って死んだ人の数を加えれば、この数字はいっそう大きくなる。」原子病、というのは放射能によって引き起こされた障害のことだろう。こういう呼び名も当時はあったようだ。

 しかしこの文章に、「正義がどちらにあるか」「どこに悪魔が宿っているか」について語っているそぶりは一切見られない。別に、引用を恣意的にしてそういう記述を隠しているのではない。原爆についての記述はこれだけしかないのだ。
 教科書検定による修正を受けいれた上で検定教科書として出版されたバージョンである「新日本史」(1966年版)では欄外の部分の記述の分量が増えていて、原爆での被害だけでなく第二次世界大戦全体での国民の被害について言及されるようになっている。具体的にはつぎのような文章。

一方、ヨーロッパでも、1943年(昭和18年)にはイタリアが連合軍に降伏し、1945年(昭和20年)5月には、ついにドイツも崩壊し、ヨーロッパでの戦争は終わった。アメリカは原子爆弾の発明を完成し、8月6日広島に、9日には長崎に、これを投下した。(「新日本史」257p)

日華戦争以来の戦闘員の死者は約150万、空襲による銃後の国民の死者は約30万に上った。中でも原子爆弾を受けた広島では、その当時だけで約40万の住民の半数を越える約25万の人々が悲惨な死を遂げたが、その後原子病が起こって死亡した数を加えれば、さらに多数に上るにちがいない。(同、260p)

 被害に関する記述についていえば、より丁寧になっているといえばいいだろうか。そして、日垣氏が読み取ったような、「 市民大量虐殺を図った側は正義で、落とされた側にのみ悪魔が宿っている」さまはこちらにも見て取ることはむつかしいように思う。

他教科書の場合

 例によって、同じ時期の他の版元と著者による教科書での記述もみてみよう。

日本ははじめポツダム宣言を無視したが、8月6日、広島にアメリカの原子爆弾が投下され、8日にはソ連が日ソ中立条約を破って日本に宣戦し、同時にポツダム宣言に加入した。翌9日、ソ連軍は満州に進撃をはじめ、長崎にはまたも原子爆弾が投下された。時野谷勝他「日本史」実教出版,1963 265p)

これ(引用者注:ポツダム宣言)に対して、日本政府はなお黙殺の態度をとったため、アメリカは日本を降伏させようとして、8月6日まず広島に、ついで9日には長崎に人類史上初の原子爆弾を投下した。これと同時に8日にはソ連が日ソ中立条約を破棄して日本に宣戦を布告して満州・朝鮮に侵入した。 (宝月圭吾他「詳説 日本史」山川出版社,1959 p357)

その内容(引用者注:ポツダム宣言の内容)は、日本にとってことのほかきびしく、鈴木内閣が受諾をためらっているとき、8月6日、恐怖の原子爆弾が広島に投ぜられた。8日には、ソ連ポツダム宣言に加わって参戦し、満州に進撃した。その翌日、長崎にも原子爆弾が落とされた。 (石井孝他「日本史」東京書籍, p308)

 これら3社と比べた時に、家永版はかなり淡々とした記述であることが目に付く。特に、ポツダム宣言を日本が受諾しようとしなかった点が抜けているため、アメリカが原子爆弾を一方的に落としたかのように読み取れるのは終戦への推移を語る上ではよくないのではないかと思われる。そこのところをはっきりさせないで書いたのは意図的なのかそうでないのかはわからない。そうでないのなら、何も文句を言われる筋合いはないはずで、かりにもし「意図的な」ものだとしたら…… それはどちらかというとアメリカのしたことに対する反感を強めるほうに働くのではないだろうか。もとより「ポツダム宣言を黙殺したこと」と「原爆なる新型爆弾の実験対象として大殺戮」がトレードオフのようなものとして語れないことはむろんなのだが。

 その点に注意して家永教科書の筆調を見ると、むしろ他の検定教科書と比べても感情を抑えつつ怒りがこもった文章としてとることができる。少なくとも「落とした側にのみ正義が宿っている」文章とは見えない。戦争に関する項目の中で、原爆被害の規模について触れているのが家永氏の手による三省堂版のみという点も注目される。意外かもしれないが、それ以外の教科書では触れていないのだ。もっとも、 それは次に触れるように、人数が確定的でないからかもしれない。

 あと家永氏の文章を読むと、原爆の犠牲者数がかなり大きく見積もられていることに気づく「。放射能影響研究所のQ&Aコーナーによれば、広島での原爆での死者は多めに見積もっても16万人程度とされているので、24万~25万という死亡者数は今の視点ではやや過大評価である可能性があるように思う。もっとも、これは、どこまでを原爆による死者とみるかにもよるだろうから即捏造や誇張につなげるのはふさわしくない。中国新聞が出している10代向けにかかれた平和問題記事によると、現在でも、例えば高校教科書でも版元によって12万人から20万人までばらつきがあるそうだ。広島市は14万人という見解をだしているということだこういう幅のある数字を攻撃材料として愛用する人というのはどことは言わんがよくいるし、下手にこだわったところで慢性患者の人に失礼になるだけな気がするので深くは追求しないほうがよいかもしれない。

 ただ、これは言えると思う。仮に家永氏が「広島・長崎に原爆を落とし市民大量虐殺を図った側は正義で、落とされた側にのみ悪魔が宿っている」などという日垣氏の言うような思いに基づいて真実をねじまげた教科書を書いたのなら、こういうねじまげかたはしないのではないか。少なく見積もる方向にねじまげるか、そこまでいかないとしても少なめの見積りを採用するのではないだろうか。それは、ほかのアレコレで人数を「少なめ」「多め」に評価しようとする人が、どういう意図を込めてその声を上げているか、を思い起こせば容易に想像できる。ところが、実際には多めの数字を採用しているのだ。
 などと見ていくと、家永氏の教科書は第二次世界大戦についてアメリカを一番正義として書いていないし、むしろ日本側の被害についてなるべく心の平静さを保ちながら教えようとしたものだ、という評価のほうが近いように思える。それは、検定不合格版のほうでも検定版のほうでも特に違わない。もう少し日本の受けた被害について感情が強いものが東京書籍版で、より淡々とした記述をめざしたのが山川出版社実教出版版、というところか。逆に言えば、家永氏の「日本史」どころか、これらの中に日垣氏が言ったようなスタンスの教科書は見当たらないということである。